頑張らないといけないと思っている助産師さんへ

今日は
私の周りにいる
尊敬すべき助産師さん達に向けて
書いてみたいと思っております。

先日、オンラインで
開業助産師さんとお話する機会がありました。

また、研修に来てくれた助産師さんともお話しました。


そして、
インスタやショートメッセージ、
ラインなどで
助産師さんたちと
やりとりをする機会がありました。


皆さん、本当に助産師という仕事に対して
熱心に取り組まれております。


助産師という仕事は
直接、母と子の命に携わります。


私も10年前までは
第一線で
お産に立ち会っていました。


素晴らしい現場ですが、
いつも、いつも
神経を尖らせていました。


私はそんな現場から
身を引いてしまっているのが現状です。

でも、今もその仕事を担ってくれている
助産師さんがいるからこそ、
私はこのように産後のお母さんたちのところで
お仕事をさせてもらうことが出来ているのです。


よく、「開業してすごい」
と言われたりしますが、
決してそうではないんですよ。


私からすると、
常勤で働いていたり、
保険に入れる時間数で働いていたり。
お産に立ち会っていたり、
開業して、どんどん色々なことをしたり。
アドバンス助産師やラクテーションの資格を持ってらしたり。

周りの助産師さんは
すごい方ばかりです。


私は
それが出来なかったのですから。



前置きが長くなってしまいました。



今日は私が昨年出会った好きなお話。
(知っておられる方も多いかもです)


「この壺は満杯か?」というお話。

以下。そのまま引用します。
想像しながら読んでみてください。


ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」

教授はそう言って、
大きな壺を取り出し、教壇に置いた。

その壺に、
彼は一つ一つ岩を詰めた。

壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、
彼は学生に聞いた。

「この壺は満杯か?」


教室中の学生が
「はい」と答えた。


「本当に?」
そう言いながら教授は、
教壇の下から
バケツいっぱいの砂利を取り出した。


そして砂利を壺の中に流し込み、
壺を振りながら、
岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。


「この壺は満杯か?」


学生は答えられない。


1人の学生が「多分違うだろう」と答えた。



教授は
「そうだ」
と笑い、
教壇の下から
砂の入ったバケツを取り出した。


それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、
三度目の質問を投げかけた。




「この壺は満杯になったか?」



学生は声を揃えて、
「いや」
と答えた。


教授は水差しを取り出し、
壺の縁までなみなみと水を注いだ。



彼は学生に最後の質問を投げかける。


「僕が何をいいたいのかわかるだろうか?」



1人の学生が手を挙げた。


「どんなにスケジュールが厳しい時でも、
最大限の努力をすれば、
いつでも予定を詰め込むことは
可能だということです」



「それは違う」と教授は言った。



「重要なポイントはそこではないんだよ。

この例が私たちに示してくれる真実は、

大きな岩を先に入れない限り、

それが入る余地は、

その後二度とないということなんだ」





君たちの人生にとって
「大きな岩」とは何だろう、
と教授は話し始める。



それは仕事であったり、
志しであったり、
愛する人であったり、
家庭であったり、
自分の夢であったり、、、、、。



ここでいう「大きな岩」とは、
君たちにとって一番大事なものだ。



それを最初に壺の中に入れなさい。

さもないと、
君たちはそれを永遠に失うことになる。



もし君たちが小さな砂利や砂、
つまり自分にとって重要性の低いものから
壺を満たしていけば、

君たちの人生は
重要ではない
「何か」に満たされたものになるだろう。


そして大きな岩、

つまり
自分にとって
一番大事なものに割く時間を失い、
その結果、
それ自体を失うだろう。




お話はここまでです。
どう感じられたでしょうか。



私の周りには
素晴らしい助産師さんが
沢山いらっしゃいます。

でも、
その助産師さんたちは
もっと頑張らないといけないと思っていたりする。


せっかくすでに持っておられる
技術や知識、経験、お人柄。
そこにもっと注目して欲しい。
それを表に出して欲しい。


私にとって、
砂利や砂は
「みんなより頑張らないといけない」
「もっとお客さんを集めないといけない」
「もっと発信しないといけない」
「もっと有名にならないといけない」
「もっと認められないといけない」
「もっと働かないといけない」
とかでしょうか。


私にとっての
大きな岩は
「丁寧にお母さんとあかちゃんと向き合う」
「家族と楽しく過ごす」
「自分の好きなことをする」
てな感じでしょうか。


2年前までは
なんと、
砂利と砂だらけで、
岩、はみ出してましたよ。
周りとばかり比較していたんでしょうね。


でも、
体調を崩し、
家族にも八つ当たりばかりして。

自分という壺に
砂や砂利みたいな
本当はどうでも良いものを詰め込みすぎて
忙しくなって、
大切にしたいものを入れるスペースがなくて、
本当にしたいことが出来ない。


そんなんでしんどくなったんだと思います。



今は仕事を増やそうとしたり、
知識を増やそうとしたりするのはやめたんです。
(好きなことは勉強します)
家族の時間、
自分の時間、
お母さんたちとの時間。
ここを大切に出来る生活をしております。
自分が喜ぶ生き方をしています。



頑張りまくっていた時期も
愛おしいです。
手のひらがずっと黄色くて。
あれ、肝臓が疲れていたらしいです。


でも、
がむしゃらにやっていた時より、
今の方が
不安がなく、
落ち着いているし、
アイデアも湧いてきます。


収入だけで見ると雲泥の差ですが、
お金の不安度で言うと、
今の方がないんです。

2年前のほうが収入は多かったように思いますが、

丁寧な生活をすることで、
自然とお金が残るようになったのです。

2年前はなかなかお金が残ってくれなかった。
不思議なものです。


あと、
お母さんたちとのやり取りが
ゆっくり出来るようになったのも
本当に良かったです。
めっちゃ勉強になるんです。
お母さんたちは私の師匠ですから。


なんというか、
人それぞれなのでしょうが、
ご自身にとっての大きな岩について
是非、思いを馳せてみてくださいね。


大切にしたいことは
何でしょうか。


私からすると、
もうすでに色んなものを持っている
凄い助産師さんばかりなんですよ。


ご自身の持っているもの(培ってきた経験や、知識。資格、技術などなど。)
に目を向けてみてください。


私が持っている資格は
「助産師」と「運転免許」だけです。


それでも
何とかやれています。
とても幸せに。



皆さんの方がずっとずっと凄いんですよ^_^
そのことに是非、目を向けて頂きたいなと思います。



































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